研究・産学連携Research and Industry-Academia Collaboration

2026/08/07スフィンゴ脂質の脂質部分であるセラミド骨格の構造多様性とその生物機能の解析

  • 渡邉 昂
  • Takashi Watanabe
  • 病態代謝学助教
<略歴>
2010年3月 東海大学 工学部 生命化学科 卒業
2012年3月 東海大学 大学院工学研究科 工業化学専攻 修了
2015年3月 九州大学 大学院生物資源環境科学府 生物産業創成専攻 修了
2015年4月 九州大学 大学院農学研究院 学術研究員(特任助教)
2020年4月 川崎医科大学 病態代謝学 助教

<主要研究領域>
哺乳類および真菌類におけるスフィンゴ脂質代謝機構とその生物機能に関する研究


スフィンゴ脂質とは

私たちの細胞は、両親媒性の膜脂質でできた膜(細胞膜)に包まれています。その膜脂質の一つがスフィンゴ脂質です。スフィンゴ脂質は、19世紀後半にドイツの化学者 J.L.W. Thudichum によって発見されました。当時、この脂質はそれまで知られていた脂質とは構造や性質が大きく異なり、その正体がよく分かっていませんでした。そこで、「謎」を意味するギリシャ神話の怪物「スフィンクス」にちなんで、まず「スフィンゴシン」と命名され、その後、この骨格をもつ脂質群は「スフィンゴ脂質」と呼ばれるようになりました。

その後の研究により、スフィンゴ脂質はすべての真核生物と一部の原核生物に存在し、細胞膜の構成成分として細胞の形を保つだけでなく、細胞同士が情報をやり取りしたり、さまざまな生命活動を調節したりする重要な役割を担っていることが明らかになりました。

このように重要な働きを担う一方で、その機能にはまだ解明されていない点も多く残されており、現在も世界中で研究が進められています。

セラミドはスフィンゴ脂質の脂質部分

「スフィンゴ脂質」という言葉は知らなくても、「セラミド」という言葉は耳にしたことがある方が多いのではないでしょうか。セラミド配合の化粧品が数多く販売されていることから、私たちに比較的なじみのある成分です。

セラミドは、スフィンゴ脂質の脂質部分の基本となる構造(骨格)です。このセラミドに糖鎖やリン酸基などさまざまな分子が結合することで、多様なスフィンゴ脂質がつくられます。また、セラミドは単独でも存在し、特に皮膚の角質層に多く含まれています。皮膚のセラミドは、水分の蒸発を防ぎ、外部からの細菌やアレルゲンの侵入を防ぐ「皮膚バリア機能」を維持するために欠かせません。そのため、セラミドの合成が低下すると、皮膚の乾燥やバリア機能の低下を招き、皮膚疾患の原因となることがあります。

一方、スフィンゴ脂質は皮膚だけでなく、脳や肝臓をはじめとする全身のさまざまな臓器や組織に存在し、それぞれの細胞で重要な役割を果たしています。

セラミドの長鎖塩基の多様性
セラミドは、「長鎖塩基」に「脂肪酸」が結合した構造をしています。私たちの研究グループでは、この長鎖塩基の「構造の違い」に着目して研究を進めています。長鎖塩基の違いといっても、その差はわずかです。例えば、二重結合や水酸基の有無、炭素の数が少し異なるだけです。しかし、このような小さな違いが、スフィンゴ脂質の働きに大きな影響を及ぼしている可能性があることがわかってきました。例えば、水酸基を1つ多くもつセラミドは「フィトセラミド」と呼ばれます。「フィトセラミド」は植物における主要なセラミド骨格であり、動物では非常にまれな構造です。しかし、小腸や腎臓には存在することが知られており、特に小腸では主要なセラミド骨格であることが報告されています。私たちの研究グループは、フィトセラミド欠損マウスを用いて、その機能を解析する過程で、マウスとヒトの膀胱にもフィトセラミド構造が非常に豊富に存在することを発見し、その成果を論文として発表しました(Watanabe et al(2022). The Urinary Bladder is Rich in Glycosphingolipids Composed of Phytoceramides. J Lipid Res, 63(12), 100303. https://doi.org/10.1016/j.jlr.2022.100303)。さらに興味深いことに、一般的な長鎖塩基の炭素数は18ですが、膀胱では炭素数20の長鎖塩基をもつフィトセラミドが豊富に存在していることも明らかになりました。このような長鎖塩基の構造の違いがどのような役割を果たしているのか、まだ十分には明らかになっておらず、現在もその生物学的意義の解明に取り組んでいます。
私たちが目指すもの
長鎖塩基にはさまざまな構造が存在することが近年の質量分析技術の発展によって明らかになってきました。しかし、臓器ごとに長鎖塩基の構造が異なる理由や、その違いがどのような意味があるのかは、まだ十分には解明されていません。私たちの研究グループでは、このような構造の違いが細胞や臓器の働きにどのような影響を与えるのかに興味を持ち、遺伝子組換えマウスや培養細胞を用いて研究を進めています。セラミドとフィトセラミドの違いはわずか一つの水酸基の有無にすぎません。一見するとごくわずかな構造の違いですが、その違いが細胞の機能や病気の発症に大きく関わっていることが次第に明らかになってきています。私たちは、この小さな違いがもつ大きな意味を解き明かし、新しい生命現象の理解や病気の治療法の開発につながることを目指しています。好奇心から始まった研究が生命の新たな動作原理の発見へとつながることを夢見て、これからも好奇心を大切にしながら研究を続けていきたいと考えています。