2006川崎医科大学学報 第104号(平成18年6月27日発行)

「やさしい医学」

内科学(呼吸器)
岡 三喜男


 「やさしい医学」には多様性があり,求める立場によって七変化する。市井では「易しい医学」を,患者は「優しい医学」を求め,私の好む仮名「やさしい医学」には含蓄がある。最近,患者が求めるやさしい医学を臨床医として,教育者として考える機会が多くなった。患者に対し思いやりのある優しい医師であることは当然,その育成は本学の建学理念である。
 しかし,がん治療医の立場から少しでも延命を切望する患者に対し,肉体的苦痛をともない苦痛の先に治癒の可能性がみえても,標準的治療せずしてこれが優しい医学なのか?医学が遺伝子レベルで進歩している今日,思いやりのある優しい医師だけを目標にして,患者が求めるやさしい医学を提供できるのか?がん治療はいよいよ個別化治療(オーダー・メイドやテーラーメイド治療)の門に立った。肉体的,精神的,経済的負担を強いてきた癌治療は,大きな転換期を迎えている。話題の肺がん分子標的治療薬ゲフィチニブ(イレッサ(r))は,その標的EGFR遺伝子に変異をもつ肺がんに比較的特異に著効を示す。肺がん組織の簡単な遺伝子解析に基づくその投与は,副作用を最小限に止め長期延命につながる癌治療を可能にした。これこそ医学の進歩がもたらす,やさしい医学の実践である。
 新生の呼吸器内科では,学生一人一人に質問し肺音聴取の機会を増やし,易しい医学を教育している。週三回の全体回診と毎日の診療チーム回診で,優しい医療を体得させている。しかし,医学生の中には「回診が多く,時間が長い」と不満をもらす者がいる。優しい医療はやさしい医学の原点であり,医師としての基本であることを医学生は自覚すべきである。もう一度,「誰がために医学するのか」を問うてみよ。
 ITが普及し医療情報がどこでも入手できる今,時の流れを読み,時の流れに即応した「やさしい医療」ができる医学徒を集い,やさしい医学教育への大変換が急務である。