川崎学園「学園だより」2005年2月号 すずかけ(随想)

「港のみえる街から田んぼのみえる街へ」

内科学(呼吸器)
岡 三喜男


 年末,娘に強制連行され久しぶりに映画にいった。その映画は,「ハウルの動く城」と云ういま話題のアニメ作品であった。魔法使いが住む動く城が,山の上を飛び回る不思議な?物語であった。その中には醜い戦争の場面も登場し,世相を反映した作品だった。そういえば約15年前,逆に私が娘を連れて同じ宮崎駿作品の「魔女の宅急便」を見に出かけたことを思いだしていた。軽快な背景音楽とともに海の見える小さな街で,少女の魔女がくり広げる素敵な可愛い物語と記憶している。どちらも同じ魔法使いが登場するアニメ映画であったが,背景と視点がずいぶん異なっていた。
 私は去年の春,慌ただしく港の見える街からこの中庄へ引っ越してきました。この倉敷の地は26年前に新婚旅行で訪れて以来,運命の再訪と出発点になりました。いま自宅の周りには田畑があり,大学病院の居室からすぐ側に見えるのはなんと墓場です。窓を開けると,これまで外国でしか見たこともない長蛇の貨物列車とその走音には驚きました。私の住んでいた街は深く切り込んだ港に山が張りだし,いつも「海の匂い」と汽笛が聞こえていました。高台にあった私の家から朝,窓を開けるとベランダから白い船が浮かぶ港を一望できた。江戸時代から,この美しい港を描いた日本画は世界中に散り約200点あると聞いている。この港からこれまで,豪華客船「飛鳥」(28,717 t)と「クリスタル・ハーモニー」(48,621 t)の二隻が誕生し,幸いにも私は出張先ニューオリンズを流れるミシシッピー川で二度も二人に再会することができた。
 2002年5月25日,この港に一艘の白い豪華客船が進水した。朝陽をあびた白い客船は「ダイアモンド・プリンセス」(イギリス船籍)と名づけられ,体重116,000 t,身長290 m,幅37.5 m,座高54 m,約1,000人の乗組員と3,100人の乗客を一気に飲み込んでしまう世界最大級の巨体であった。その後,窓をあけるたびに美しく着飾っていく姿は,まさにプリンセスの名にふさわしく私の目を楽しませてくれた。しかし,その年の10月4日夜,彼女は大やけどを負い体の四分の一を負傷し,その名を妹の「サファイア・プリンセス」に譲ったのです(この港では,同時に同型船「サファイア・プリンセス」が建造中であった)。そして街をあげ2年後の2004年2月27日,生まれ変わった新ダイアモンド・プリンセスをこの世に誕生させ,私も港から嬉しく送り出すことができた。私がこの街を去って間もなくして,負傷した妹のサファイア・プリンセス(旧ダイアモンド・プリンセス)も姉を追ってこの街に誕生し,元気な姿で世界の海へ旅だったそうです。
 港のみえる街で彼女を送り出してから約1年が経ち,いま田んぼのみえる街で「海の匂い」に代わるもの,「汽笛」に代わるもの,「白い船」に代わるものを探す今日この頃です。この街で,新しい出会いと物語が生まれることを楽しみにしています。