2004川崎医大学報

新任教授の抱負

『日々の診療から国際貢献を学ぶ』

呼吸器内科 教授
岡 三喜男


 この度,平成16年4月1日付けで川崎医科大学呼吸器内科教授を拝命いたしました。私の専門領域は胸部腫瘍とくに「肺がん」です。現在,最も恐れられている悪性新生物(がん)で,いまや「難治の国民病」となっています。しかし西日本でも最大規模の内科学教室で育った所為か,感染症はもちろん消化器,循環器,腎臓疾患も数多く経験してきました。したがって卒後10年間は胃内視鏡を手離すことができませんでした。これまで長崎県五島列島の福江市や高知県四万十川の中村市で離島医療と僻地医療を経験したことは,臨床医としてなによりの財産になっています。さらに米国国立癌研究所での経験は,世界をみて仕事をすることを教えられました。僻地医療から世界の最先端まで,幅広く医学を学んだことが私の誇りでもあります。今後も呼吸器疾患に限らず「幅広く医学を学び,全人的な医療ができる医師」を育てていきたいと決意しています。
 さて周囲を見渡すと,わが国は世界の先進国として小さな幸福の目標にたどりつき,これからの国の姿を模索し迷走しています。迷走の中で誰しもが想定するこれからの目標は,「産業構造の転換」と「国際貢献(人類の幸せ)」であることは疑う余地がありません。人間は本能的に誰しもが,永遠に若く健康でありたいと願っています。そこで登場してきたのが「生命科学のめざましい進歩」です。生命科学の発展は,2003年,ヒトゲノム全配列解読が完了したことにより加速し,医療資源の豊富な技術立国日本にとって再興・最高の好機であることに異論はありません。我々の日々の診療は,果たして日本のひいては生命科学の発展に寄与するのか?もちろん「YES!」です。ここに登場してきたのがトランスレーショナル・リサーチの大合唱です。トランスレーショナル・リサーチ(Translational Research)は,意訳すると「基礎から臨床への橋渡し研究」です。換言すれば「基礎研究の成果を病める患者さんへ速やかに還元すること」であり,その成果は病気の予防,診断,治療法の開発です。今後,基礎研究の土台となるべきものがヒトゲノム全配列解読の完了であることに異論はありません。
 われわれ臨床医はトランスレーショナル・リサーチの立て役者です。臨床医だけが生命科学研究の成果を病める患者さんへ速やかに還元し,その有用性を評価できるのです。わが国は国立大学を頂点とした基礎医学研究を重視し,その結果,未熟な医学教育制度と医療技術,医療過誤,隠蔽体質などが国民の反感をかっています。分子生物学の進歩によって生命科学の基礎研究は学際的になり医師が登場する場面が激減し,ここに至って改めて臨床医学の原点に戻ることが求められています。日々の診療の情報を科学的に解析し世界へ容易に発信できるようになり,一方,どこにいても世界の情報を入手することが可能です。視点を足元から世界に向けると地域を越えた国際貢献の光がみえてきます。だれが,いかに視点をかえさせるのか・・・「その答えは遺伝子ではなく環境(教育)である」と確信しています。
 「私が医学を学んだ長崎」は,日本の西洋医学発祥の地です。1857年11月12日(長崎大学医学部の創立記念日),オランダ海軍軍医ポンペ・ファン・メーデルフォルトはわが国最初の系統的西洋式医学講義を昼夜を徹しおこないました。かつて医学徒はまだみぬ夢を追って,長崎につどい長崎を舞台に壮大な医学ドラマを演じたのです(「胡蝶の夢」司馬遼太郎)。
 私の理想は「川崎医科大学のポンペ先生」です。これからみなさんのご指導をお願い申し上げます。