2007年 呼吸器内科同門会誌「巻頭言」(3月1日発刊)

「自立する医学生,開かれた大学」

岡 三喜男


 この度,念願の「呼吸器内科ホームページ」を開設しました。このホームページは患者さん,医学生,医師,教育者,多くの医療関係者へ身近な医療情報をお届けするものです。その制作概念は,「わいわい人が集まる広場」です。情報技術(IT)社会が成熟しつつある中で,大学は広く情報を公開し,ITを活かして社会へ貢献することが求められています。このホームページは時代の流れに即して進化してゆきます。
 この一年,同門会諸氏はいかがお過ごしでしたか。教室は新入教室員も加わって,やっと範を示すべき臨床医としての責務を果たしつつあると感じています。診療実績はこの一年,私が目標とした一部は一年前倒しで達成され(参照:教育と診療の現状),教室員の日々の努力を労いたいと思います。ごくろうさまでした。とくに気管支内視鏡検査はこの約三年間で約三倍増して至極標準的水準に達し,的確な診断と治療に内視鏡での視覚的,病理学的,細胞学的,微生物学的検索は基本(Principles of Medicine)であることが浸透しています。
 今年,病院では念願の呼吸器外科部門(現在,胸部心臓血管外科の副部門)が誕生し,中田昌男教授が選任されました(本誌の特別寄稿で紹介)。すでに当科の回診には中田教授を筆頭に呼吸器外科の先生方が参加され,全国でも珍しい大学回診光景となり頼もしい限りです。診療科の垣根をこえ呼吸器疾患の的確な診断と治療をめざし,患者さんにやさしい胸腔鏡下生検や肺切除,縦隔鏡を行っています。今後,相互の情報を共有しながら,呼吸器内科と一体になった「呼吸器総合科」として歩み,全国の模範になることを期待しています。
 また元呼吸器内科講師,二木芳人先生がこの四月から昭和大学医学部,臨床感染症学,寄付講座の教授として赴任されることが決定しております。今後の活躍を祈念しております。
 さて,わが国の大学は少子化を反映して全入時代に入り,一部の大学の存在意義をも問われ選別化が始まっています。一方,学ぶ側の学生は全入時代を背景に目的もなく,なにげなく大学の門をくぐり,なにげなく大学に籍をおき,安易にニート化する現象は珍しくありません(NEET: not in employment, education or training)。ニートは自らを省みず,その全ての責任を家庭へそして社会へ転嫁する傾向があります。医学系においても同様に,全入の背景を除けば例外ではありません。医師になる意思もなく,呪縛と思えるほどの環境で医学部に籍をおく姿は,まさに「医学部ニート」(私の造語)である。「医学部ニートとその周囲」が学業不良を全て社会,大学,教員,講義,試験問題へと責任転嫁し激昂する姿は全く同じです。しかし看過できないのは,医学部ニートの先には肉体的,精神的,ときに経済的に病める患者さん(国民,納税者)がいるのです。幸い,医学部ニート対策として(私見),昨年,文部科学省は診療参加型臨床実習にはいる医学部四年生の社会的保証を担保するため,全国共用試験を本格導入しています(参照:教育と診療の現状)。社会,国民,納税者の厳しい評価は,将来自らの命を託す医学生にも向けられています。
 ここ数年,医学教育は国際標準へ向け急速に進化しています。その一部として,医学に限らず教育学では「子供教育学(pedagogy)から成人教育学(andragogy)」への転換,医学教育では「探求心,自己学習,問題解決能力を備えた臨床医(physician scientist)」養成へ向けた教育体制の整備が進められています。これら難解熟語は何も目新しいことではなく,大人の社会人,信頼される臨床医となる術を説いているに過ぎません。日本には百年以上前から世界に冠たる成人学教育書がある,「武士道」(新渡戸稲造)と「学問のすすめ」(福沢諭吉)です。いずれも教育書として英訳版"Bushido, The Soul of Japan"(1900年,米国で出版)と欧米でも人口に膾炙され,あのルーズベルト大統領も絶賛し愛読しています。人命を負託され,生涯自己学習が課せられた臨床医の育成に,我々は再考が求められています。
 先日,医学界新聞をみていると,ある医師が「学生時代に受けた客員講師の講義に感動し,この道へ進むようになりました」と述懐していました。この種の話はよく見聞きする。私も前任地では時間をみつけ基礎や臨床を問わず,医学生への特別講義に机を並べて聴講していました。近年,地方の医学生でも海外での臨床体験,基礎チュートリアル期間に海外研修へ出向き,交換留学制度で欧米の医学生も短期臨床実習で来日するようになった。黒船来航から約百五十年を経て,国内外を問わず頻繁に講義や臨床体験を通し大学間の人的かつ知的交流は行われ,相互評価と価値観を共有しながら大学は成長しています。我々も国際社会で遅れることなく,いまこそ「開放なくして成長なし」(日本経済新聞,元旦,社説)を銘じる時です。
 「自立する医学生,開かれた大学」に,社会は大きな期待を寄せています。