病院広報 第150号(平成24年10月)
<提言>

「医学の原点回帰、先人の教え」

川崎医科大学付属病院 院長補佐
岡 三喜男


 この夏、母校の医学部図書館を久しぶりに再訪しました。そこには日本医学の原点「解体新書」(初版)と日本最古の木製聴胸器(聴診器)が、多くの医学古書とともに大切に保存されています。日常われわれが使っている「神経」「筋」「動脈」などは、全てこの「解体新書」が原点です。これら保存資料の詳細は解説を付して、図書館ホームページで広く公開されています。またPubMedの発信地、米国国立医学図書館(National Library of Medicine)に至っては、「解体新書」(初版)を含め世界中から収集した医学古書が、防災ガラス張りの部屋に保管され閲覧することができ、一読は感動的です。この図書館が在る米国国立衛生研究所では、世界の医学史を振り返りながら、最先端の医学研究が脈々とかつ着実に進められ、新しい医学史を開拓しています。
 最近、折にふれ日本の医薬品の輸入超過が叫ばれるようになりました。近年、日本へ導入される新薬の殆どが外国企業の開発した製品で、とくに高価な抗体医薬を中心とした生物学的製剤はほぼ輸入品です。周りを見渡せば、医薬品に限らず多くの医療機器も外国製であることに驚かされます。2011年、日本からの医薬品輸出は3,600億円、輸入は1兆7,300億円、差し引き1兆3,700億円の輸入超過となり10年前の約5倍、これからも増大することが確実です。まもなく日本の医療産業は、いま話題の電器業界と同じ轍を踏むことが確実です。これが技術立国、ものづくり国家のはずの日本の現実です。その要因は、まず医学的先見性の欠如があり、基礎研究の軽視に基づく技術革新の遅れ、新薬や医療機器開発の国家的体制の不備など幾つかあげられます。長年、酵母研究を地道に継続し、その成果を基に次々に生物学的製剤を開発する欧米は、これら医学研究史の重要性を再認識しているはずです。
 今年7月31日、以上の背景から政府は「日本再生戦略」を閣議決定し、総論の中では「温故知新」を謳い、ライフ成長戦略を具体策のひとつとして盛り込みました。この戦略の重点施策は、革新的医薬品・医療機器の創出とそのための治験環境整備、再生医療、個別化医療、生活支援ロボット開発、先端医療の推進です。革新的医薬品の開発では、今年度から検討を開始し2014年度までに必要な措置を講じ、2017年に約10種類の革新的がん治療薬を治験導出する計画です。時すでに遅しの感ですが、政治空白の中にあっても、産学は一致団結して日本再生に向かって邁進すべきです。私立医科大学とは言え、「国を支えて国に頼らず」(福沢諭吉訓)の精神が求められています。
 先日、川崎医科大学図書館で数百冊の医学古書が発見されました。医科大学創設時、近隣の医師らから寄贈されたそうです。古書は江戸時代にさかのぼり、筆書きの蘭和辞書や英和辞書、基礎から臨床医学まで日本医学史上に残すべき貴重な資料です。その中には「胡蝶の夢」(司馬遼太郎)の主人公のひとり、語学の天才、司馬凌海が著した「七新薬」(1862年)を筆頭に数々の名著があります。古書の頁を開くたびに、先人の医学に対する熱い想いと開拓史に感涙します。まさに良き医療人の育成の原点がここにあります。