「フェルソンが消えた」

岡 三喜男


 あの「フェルソン」が消えた。図書館の新着コーナーから忽然と「胸部写真が読める!フェルソン」が消えた。あの名著”Felson’s Principles of Chest Roentgenology: a programmed text (2nd edition, 1999)” の初邦訳である。臨床実習の教本として寄贈した、五冊のうちの一冊であった。学生五人全員が「フェルソン」を図書館から借り、実習へ持参するよう指示した矢先のことである。
 赴任以来、多くの呼吸器関連図書を医学生のため教室で購入し寄贈してきた。いまや医学情報は、インターネット検索で容易に何処からでも入手できることは百も承知である。しかし医学生に少しでも呼吸器学の面白味をあじわい、興味をもって欲しいからである。そのため日々全ての印刷物に目を通し、目敏く新刊をみつけ出すよう努めている。医学生には「本は一から百まで、全頁を読む必要はない。一行でも一頁でも生涯自らのものにすれば十分だ。」と説いている。
 フェルソン(Benjamin Felson)と私が出会ったのは四年生のとき、先輩医師に「これはおもしろいぞ!」と薦められ買った、初刊から十年余の頃である。フェルソンの初版は1965年、”Principles of Chest Roentgenology: A Programmed Text”として出版され、世界中の初心者が胸部X線写真読影の教本として楽しんだ。そして1999年、Goodmanが新技術のCT、MRI、超音波画像をたし第二版として復刻、2007年にはCD付き第三版を発刊した(2008年、邦訳)。初版から8年後の1973年、フェルソンは大著"Chest Roentgenology"を著し、日本中の呼吸器科医と放射線科医達が手にしていた。
 フェルソン初心者版、白表紙に一本の緑横縞だったと思うが、生まれて初めて手にした臨床医学の洋書だった。正直言ってフェルソンは写真が多く、英文が少ない、Q&A形式、洒落の入ったのが即決購入の理由だった。この時から洋書購入癖がついた、フェルソンのお陰かも知れない。当時、学友も競うように洋書を買っていた、ハリソン内科学、クリストファー外科学、メリット神経学、アンダーソン病理学、ECFMG問題集など挙げればきりがない。分厚い洋書をつまみ読みするのが、何とも楽しかったのを覚えている。前述の「本は一から百まで、全頁を読む必要はない・・・」は実体験からだったのです。
 フェルソンに卒後、再会した。母校内科に入局するとフェルソン"Chest Roentgenology"の輪読会があり、研修医は順番で訳すことになっていた。その後、Heitzman、Fraser、Spencer、West、Dail & Hammar・・・続々と名優に出会った。幸いだったのは英語の得意な学友、台湾出身のO君と秀才T君に恵まれたことだ。一緒に研修した駿馬T君は常に洋書をもち歩き、数日で分厚い洋書を読破して私に解説、学友は私の先生でもあったのです。しかし医師になって引っ越すたびに彼ら名優を同行するのは難儀だったが、内科学、放射線診断学、神経学、病理学では大変お世話になった。
 いまもフェルソンさんとの出会いに感謝している。

平成二十年二月