主任教授 岡 三喜男


 本書「読んで見てわかる免疫腫瘍学」は、これから腫瘍免疫学を学び、がん免疫療法に携わる全医療人のため執筆しました。読者の皆さんと同じように、私も毎日ひとりで外来診療にたち、免疫学、腫瘍免疫学、免疫腫瘍学をどのように学び、自らの実地医療に生かすか常に模索してきました。本書は基礎免疫学から連続して免疫腫瘍学を解説することで、がん免疫療法への理解を深め、さらに臨床研究を始める人達の手助けになるよう配慮しました。本書では、免疫学と免疫腫瘍学の歴史をふり返り、未来のがん免疫療法を担う若手研究者への期待を込めています。
 この約10年間、我々は肺がん患者で恒常的な免疫監視の存在を明らかにし、がんワクチン、制御性T細胞の除去療法、複合免疫療法の臨床試験と医師主導治験を実施しました。また免疫モニタリングを通して、末梢血やがん組織の腫瘍微小環境を解析しました。その免疫応答は個体差をもって、刺激に対し促進と抑制が微妙に変化します。実際、Tリンパ球やBリンパ球には、微小環境に応じて腫瘍を抑制ないし促進するサブセットが存在します。これら免疫系の極めて緻密な個体維持の仕組みには、改めて驚かされます。近年、がん免疫は腸内細菌や免疫細胞のエネルギー代謝との関連が注目され、免疫代謝学の新潮流が生まれてきています。
 日本の研究者は免疫学において、数々の重要なサイトカイン、免疫細胞や関連分子を発見し、世界に冠たる貢献をしてきました。例えばIgE、IL-2、IL-5、IL-6は、治療薬や標的分子として臨床応用されています。いま世界を席巻している免疫チェックポイント療法も、1992年に本庶佑研究室で発見されたPD-1分子に端を発し、がん免疫療法は免疫賦活型から抑制解除型へのパラダイムシフトによって、がん治療の表舞台に登場しました。
 がん薬物療法の歴史は、1943年のリンパ腫に対するnitrogen mustard(化学兵器)、1997年から抗体薬、2001年に小分子標的薬(imatinib)が登場しました。その開発は、正常細胞とがん細胞の相違を革新的な技術によって特定し、その相違分子に対し創薬する潮流が現在も続いています。しかしがんは不均一性を示し、一対一の創薬には限界があります。免疫療法では、無数のレパトアつまりスペクトラムをもつ自らのリンパ球集団を活性化し増殖させ、不均一ながん集団を撃破します。いま免疫学の革新的な発見によって、リンパ球という極めて多様性に富んだ、無数のがん免疫分子標的薬を手にしたのです。がん薬物療法は病理所見に基づくphenotypeからgenotype、そしてimmunotypeへと変遷し、確実にPrecision MedicineとPersonalized Medicineへ向かっていることを実感します。免疫腫瘍学が凄まじい速度で日々進歩している今そして将来、本書が病める人々のためお役に立てることを祈念して止みません。
 最後に、腫瘍免疫学を身近で直接ご指導頂いた中山睿一教授(次頁に紹介)に感謝申し上げます。また上田龍三教授をはじめ、先進的がん免疫療法の班研究でお世話になった班員の先生に厚く御礼申し上げます。そして、がん免疫研究を強力に遂行して頂いた教室員の皆様に感謝いたします。

2017年4月