2014年度 川崎医科大学「研究ニュース」No.84

川崎医科大学 呼吸器内科学
主任教授 岡 三喜男


【研究の背景】
 2004年4月1日、植木学長(当時)から辞令を頂き川崎医科大学に着任した。前日3月31日の午前まで、前任地の長崎大学附属病院第二内科の助教授室に勤務し、午後から新任地の倉敷へ出発した。2日後には外来診療、翌週から予定されていた呼吸ブロック講義を開始した。市中病院を転々とした医師にとって、この慌ただしさは日常茶飯事、とくに患者と医学生のいる大学では新年度を新任教授で迎えるのは大学の責務です。前任地では約100名の教室員が呼吸器(感染症、腫瘍、アレルギー、間質性肺炎)、循環器、腎臓、消化器内科学を総合的に学んでいたが、当科では片手で数えるほどの人員でした。心機一転、これまでの感染症に特化した診療と研究を総合呼吸器内科へ大転換すべく、1年間すべての出張を封印した。
 2005年、自ら置かれた厳しい環境を鑑み、これまでの肺癌化学療法の臨床開発、癌細胞の薬剤耐性分子機構の基礎研究を全て断念した。反転、俯瞰的に競争が激化していた遺伝子関連研究を避け、将来を見越し免疫腫瘍学へ大きく舵を切った。同時に、2003年から前任地で文科省都市エリア事業(医工連携)として肺音研究に着手しており、倉敷の地でも発案者として参画した。

【がん免疫療法】
 近年、がん免疫療法は分子生物学と細胞遺伝子工学の進歩によって、外科、放射線、化学療法に次ぐ第四の治療法として、確固たる地位を築きつつある。2010年、米国FDAは歴史上初めて免疫療法として前立腺がん治療ワクチンProvengeを承認し、2011年には悪性黒色腫を対象に免疫抑制分子を標的にしたcheckpoint inhibitor/blockadeのIpilimumab(抗CTLA-4抗体薬)を承認した。現在、固形がんを対象にIpilimumabの国際共同第3相試験を始め、多数の抗体薬の競争的臨床試験が進行中である。
 古来、免疫は疫病(伝染病)からヒトが免れる事に語源を発し、外来抗原に対する生体反応として感染症やアレルギーを中心に研究されてきた。一方、腫瘍免疫は腫瘍拒絶に免疫が強く関与している実験的または疫学的な傍証を基に、がん特異抗原が特定されない中、非特異的がん免疫療法が登場し社会的に厳しい批判を浴びてきた。
しかし1991年、遂にThierry Boonはヒトがん特異抗原とそれを認識する細胞傷害性リンパ球を同定し、リンパ球を介した抗腫瘍免疫機構が確立され免疫療法は大きな一歩を踏み出した。その後、続々とがん特異抗原が報告され、我々のNY-ESO-1ペプチド・ワクチンや細胞輸注療法が試験的に導入された。現状では、ごく一部の症例に一時的な効果がみられるが、その効果は極めて限定的で生存期間を有意に延長するには至っていない。一方、標的分子に特異的なヒト化抗体薬が登場し、細胞性および液性免疫を駆使したがん免疫療法は安全性と有効性を示し、実地医療に導入されている。
 免疫学の歴史において、腫瘍の免疫監視と免疫寛容(耐性)は理論的または実験的には存在していたが、人類にとって解明すべき壮大な課題であった。その解明の過程で次々に免疫を制御する細胞や分子が同定され、免疫監視と耐性の存在とその機序が明白となった(図1)。現在、その一部は抗体薬として開発され臨床的にも有用性が示されている。いま話題の免疫制御薬、checkpoint blockadeの抗CTLA-4、抗PD-1/ 抗PD-L1抗体は画期的な免疫治療薬として注目され、7月、世界で初めて抗PD-1抗体(Nivolumab)が悪性黒色腫を対象に日本で承認された。その他の固形癌についても、世界中で活発に臨床試験が展開され競争が激化している。


図1.治療への応用の視点からは、がん抗原→がんワクチン、抗原提示細胞→樹状細胞ワクチン、リンパ球→活性化リンパ球輸注療法と考えることができる。

 当教室は約9年の歳月を経て、がん特異抗原XAGE1 (GAGED2a)が肺腺癌に高率に発現し、その肺癌患者には自然免疫としてXAGE1に対する抗体を産生し(図2)、XAGE1発現細胞に特異的な細胞傷害活性を有するT細胞が存在していることを明らかにした。さらに抗XAGE1血清抗体を有する肺癌患者は、予後が良好であることを世界へ発信した。これらの解析結果は、肺癌患者には常にがん細胞を異物として認識し排除する免疫監視機構が働いていることを明確に証明した。反転、抗PD-1抗体などの免疫制御薬が有効である可能性を示唆している。まさに臨床と基礎の両立、そして融合研究の成果と考えている。
肺腺癌XAGE1免疫研究の意義

  1. 肺癌は世界のがん死亡で第1位である。(日本でも突出している)
  2. 肺腺癌は肺癌の約70%を占めている。(対象患者が多い)
  3. 肺腺癌はXAGE1を高率に発現し明確な免疫応答が存在する。(自然免疫の存在)
  4. 肺腺癌の免疫療法の標的分子として最適である。(ワクチンの開発)
  5. 日本発、世界初の画期的な成果である。


図2.非小細胞肺癌患者の血清中にみられる抗XAGE1抗体

 一方、免疫療法の開発では腫瘍局所の免疫微小環境の解析が必須である。最近、我々は肺癌組織には制御性T細胞が浸潤し、末梢血に比べ活性化していることを臨床検体で証明した。さらに制御性T細胞を抗CCR4抗体で処理すると(排除すると)、CD4 とCD8 のT細胞分裂抑制が解除され、抗CCR4抗体の免疫治療薬としての可能性を示した。現在、日本発かつ世界初の肺癌に対する抗CCR4抗体療法の根拠として重要な根拠となっている。
 現在、免疫制御薬の二剤併用やワクチンとの併用など多数の臨床試験が進行または計画されている。我々の成果が大いに期待されていることを実感しつつある(図3)。


図3.現在、がんワクチン、チェックポイント抗体、抗CCR4抗体の臨床試験を実施している。今後、これらの併用療法が世界の注目をあつめている。


【肺音研究】
日本の聴診学は長崎から始まりました。長崎大学附属図書館医学分館には、日本最古のラエネック型木製聴胸器(聴診器)が保存されています。この聴胸器は1848年、日本へ種痘をもたらした出島商館医オットー・モーニッケが欧州から長崎の出島へ持参し、蘭方医の吉雄圭齋へ与えたものです。この地から日本の西洋医学教育、種痘、そして聴診学が始まりました。日本では肺音国際分類が未だ十分に普及していないのが現状です。その理由は肺聴診の教育と習得が呼吸生理学、音響学、流体音工学の科学的な成果を考慮しない経験的なものになっていたからです。この研究では、各肺音を音響解析ソフトで視覚化し(下図)、肺音を科学的かつ客観的な視点から理解し臨床病態へ結びつける事です。この研究によって、身近な肺聴診が科学として認識されることを期待しています。今年4月、これらの研究成果は日本初の肺聴診の教本「読む肺音、視る肺音、病態がわかる肺聴診学」(金原出版)として出版した。

正常の気管呼吸音のスペクトログラム


気管支拡張症に聴かれた吸気前半の水泡音と吸気後半の笛音


過敏性肺炎の捻髪音


【大学における研究】
 日本は名目GDPの世界第三位を誇る先進国で輸出立国として君臨してきた。しかし近年、医薬品に関しては数兆円の輸入超過となり、医薬品を含めた医療資材関連支出の増大は国家予算を急速に圧迫している。遅ればせながら、やっと日本政府は日本発の医療資材および技術開発へ集中的な予算配分を開始している。その開発を担う拠点となるのが、先進国日本の大学そのものであることに誰しも異論はない。我々が参加している文科省「次世代がん研究戦略推進プロジェクト」もそのひとつである。
 将来、日本は少子化が進み衰退していく中、昔日に回帰し大学医学部と医学専門学校へ分化し、予算配分が差別化すると推測される。現実、特定機能病院の要件が厳しくなっているのは、その前兆と思われる。将来を展望し、大学の生き残りをかけて臨床、研究、そして教育ができる優秀な人材を集結させ、誇り高き日本の発展に資することを願うばかりである。