川崎医科大学心臓血管外科学教室の「留学体験記 畝 大 先生 ここにタイトル」です。

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留学体験記

畝 大 先生 カナダ研究留学

留学に至った経緯

国内での一般外科研修と心臓血管外科修練ののちに、先輩医師に紹介していただきカナダへ留学する機会を得ました。卒後10年目の2010年1月から2014年6月の4年半にあたります。そのうち最初の2年をトロントで研究留学、その後オタワで臨床留学を行いました。留学前は国内で開心術執刀100例以上の機会を与えていただいており、ある程度の手技はできるようにトレーニングさせていただいていました。しかし、独立して手術ができる術者でもなく、悩んだ末に専門医取得後に憧れの海外留学を希望していました。

英語

日常会話も成立しない状態で、恐ろしく低いレベルでした。行けばなんとかなると勝手に思っていましたが、英語圏に留学する場合には可能な限り音に関わるListening と Speaking をトレーニングしてから行った方がいいと思います。英語に関して留学前に国内でできることはたくさんあると思います。当時、カナダ国外医師がトロント大学の臨床医ライセンスを取得するには、母国での心臓血管外科専門医資格と英語試験TOEFL-iBTの点数(総合点高得点 かつspeaking も高得点)が必須でした。英語の部分での苦労話は、なぜか先輩達の中であまり話されていないこともあり認識が甘かったです。僕はよくわからないままカナダに異動してしまいましたが、臨床留学を目指す先生達の多くは、そもそもカナダ留学前にTOEFL-iBT の総合点は取っており、現地で研究しながら1-2年の間にspeakingの点を延ばす、という作戦をとっていました。

留学環境

トロントはカナダ1番の大都市であり、移民も多く多種多様な民族が住んでいます。メジャーリーグ、バスケット、ホッケーとプロスポーツチームもたくさん本拠地としています。週末はスポーツ観戦、郊外(ナイアガラの滝周囲など)のワイナリー巡り、イタリア人街や韓国人街での外食など、子連れ家族として充分に楽しめました。毎週末が海外旅行をしている感覚でした。今思い出してもカナダの5~8月初旬の夏、紅葉時期、冬は独特の長さでも楽しめるように工夫されており、季節ごとに楽しいことはたくさんありました。当時の子供の年齢は長男4歳と次男1歳であり、長男は現地幼稚園と週末の日本語補習校に通っていました。街は非常に大きく家族生活に車はあった方がより楽しめます。トロント郊外での景色は山があまり無いので、空がとても広くて乾いた空気が過ごしやすかったです。中心地は複数の地下鉄の駅地下が大きな地下街としてつながっており、寒い冬でも外に出ずに過ごせるようになっています。

留学先と研究内容

留学先はトロント大学の附属病院の1つであるSunnybrook Health Sciences Centreの心臓外科Dr. Fremes先生のもとでした。Dr. Fremesは、冠動脈バイパス術における橈骨動脈グラフト使用について、3か国13施設の多施設Randomized Trial を行い2004年に有効性を発表していました(N Engl J Med. 2004; 351(22):2302-9.)。僕が留学した2010年当時は、同じRandomized Trial における術後5年での中間フォロー結果をまとめている時期で、術後5年での有効性の検討に参加させていただきました。6畳ぐらいの個室に床から天井まで紙データが山積みとなっており術前術中術後、そして5年後フォローと症例ごとにすべてのデータがそろっている様子は圧巻でした。

留学中の経過

家族連れだったこともあり毎月貯金を切り崩しており研究留学は2年間が限界と考えていました。一方で臨床留学のポジションはほとんどが1年前には前もって埋まっていることに途中で気づきました。研究と英語勉強で1年が過ぎて臨床移行に動きだした2010年年末頃にはもう時間を使い果たしていました。。。冬だったこともあり、この頃は本当に精神的に厳しい時期でした。その中で、ゆっくり考えて、上司のDr. Fremes に厚く信頼してもらうこと、その信頼をもって臨床研修に強力に推薦してもらうこと、を強く意識して過ごしました。このころには毎日上司と会っていたとはいえ、こちらの希望を言えるほど信頼関係が築けていたわけではないです。幸いデータいじりや統計処理が好きだったことが幸いして、整合性をチェックして統計計算上のエラーや論文内のテーブルのエラーを見つけることはできました。論文引用の引用ミスや英語の言い換え、つじつまが合わないところをチーム内で専属の研究コーディネーター達よりも早く指摘して訂正することができました。これを毎日行いながら、少しずつ信頼関係が構築できていることを感じながら、こちらからの希望を言うことは我慢して3カ月過ごしました。2011年4月終わりに2012年1月からのカナダ国内での臨床移行の希望を伝えました。トロント大学では早くとも2012年7月からと言われたため、なんとか2012年1月で受け入れてくれるところを探してもらいました。このころには、トロント大学以外での臨床留学もよいと考えていました。オタワやロンドン(カナダのオンタリオ州)、バンクーバー、エドモントンなど、海外留学生を受け入れている大学に対して、Dr.Fremesの顔の広さで手を尽くしてくださっているように感じました。すぐに、Ottawa大学とWestern Ontario大学であれば2012年1月~臨床fellowとして雇ってくれそうなことがわかりました。そこからは展開が早く、Ottawa大学修練プログラム責任者とのやり取りが5月終わりに始まり6月中旬に面談、すぐ合格をもらって6月終わりには書類作成開始という異例の速度で進行しました。


  • 1. 恩師のDr. Fremes と

  • 2. ナイアガラの滝はトロントから車で1時間半、何度も週末にお世話になりました、そばにワイナリーもたくさんあります。