研究内容

ヒトT細胞白血病ウイルス1型(Human T-cell leukemia virus type 1)の研究

方針イメージ

HTLV-1は世界ではじめてヒト疾患との関連が見いだされたレトロウイルスであり、成人T細胞白血病(ATL)およびHTLV-1関連脊髄症(HAM)の原因ウイルスです。ATLやHAMを発症するのは感染者全体のごく一部(約5%)であり、ほとんどのHTLV-1感染者が生涯にわたって未発症の無症候性キャリアーとして経過するとはいえ、国内に100万人以上の感染者がおり、ATLは最も予後が悪い白血病の1つであり、HAM患者では約40%が経過中に歩行不能となり生活の質が著しく障害されるため、HTLV-1感染症の制圧は我が国の公衆衛生上・医療上の緊急の課題であるといえます。また、HTLV-1は単一のウイルス感染により白血病と臓器特異的自己免疫疾患類似の慢性炎症性疾患の双方を発症させるため、がんや自己免疫疾患の発症病態を解明する上で大変よいモデルであると考えられます。私たちは、HTLV-1関連疾患の発症機序解明と感染予防法・新規治療法の開発を目標に研究を行っています。


インフルエンザウイルスの研究

1) インフルエンザウイルス感染行動の解析

インフルエンザウイルスが宿主細胞表面でおこなう運動について、そのメカニズムの研究および運動パターンのプロファイリングを行っています。インフルエンザウイルスに限らず、従来ウイルスには運動機構が存在しないと考えられてきましたが、インフルエンザウイルスがスパイク蛋白質であるヘマグルチニンとノイラミニダーゼを協調的に使うことで細胞表面を二次元的に運動すること、この運動がウイルス感染に重要な役割を果たすことを見出しました(論文投稿中)。現在、ウイルス運動の分子メカニズムを明らかにするとともに、ウイルス運動のパターンを解析・分類することで、ウイルスの感染性や感染の宿主特異性、さらには新型ウイルスの出現機構を明らかにすることを目指し研究を進めています。

2) インフルエンザウイルス感染に対する宿主免疫応答の研究

抗原性の異なるウイルスに対する交差防御のメカニズムを明らかにするため、マウスを用いた感染実験や宿主免疫細胞の解析等を行っています。

3) インフルエンザウイルスのゲノム変異導入効率を規定する分子機構の解析

インフルエンザは水禽類を自然宿主とする人獣共通感染症であるため、天然痘ウイルスのようには撲滅できないと考えられています。近年、H5N1やH7N9、さらにH9N2やH10N8など次々に新型ウイルスが出現し、ヒトに感染して多くの死者を出しています。幸いなことに、現時点では各発生国や各地域のみの局地的流行に留まっていますが、明日にでも世界的な流行に発展する可能性があり、一日も早い感染予防対策の確立が求められています。最も理想的なインフルエンザ対策は、感染および重症化を未然に予防するワクチン接種ですが、現行のHAワクチンは万能ではありません。その理由の一つとして、ワクチン製造時における抗原変異の影響が挙げられます。すなわち、現行の季節性インフルエンザワクチンの場合、毎春に次年度のウイルス流行予測が行われ、ワクチンに選定されたウイルス株は発育鶏卵で増幅されますが、株によっては鶏卵内増殖中に馴化し、HA蛋白質の抗原部位に変異が導入される場合があります。そのようなウイルスは、抗原性および増殖性が優良でもワクチン候補株からは除外されます。ウイルス遺伝子に変異が導入される原因はウイルスポリメラーゼの忠実性の低さに起因しているため、ポリメラーゼの変異導入率を低下させることができれば、ウイルスゲノムの遺伝的安定性を確保した状態でワクチンの作製および製造が行えると考えられます。そこで「忠実性が向上する改変型ポリメラーゼ」の単離を目標に研究を行っています。


宿主細胞の分子シャペロンネットワークによるウイルス増殖制御機構の解析

ウイルスの増殖は、ウイルス側と宿主細胞側のさまざまな因子が関与しあい進行します。したがって、ウイルス複製機構や病原性を理解するには、ウイルス蛋白質と相互作用する細胞性因子とその機能を同定することが重要です。転写因子Heat shock factor 1(HSF1)は、熱ショック等のストレス刺激により分子シャペロン遺伝子の転写を一過的に誘導し、変性蛋白質の凝集や失活を抑制します。様々なウイルスの感染過程において、分子シャペロンがウイルス蛋白質の機能発現に関与し、分子シャペロン阻害剤によりウイルスの増殖が抑制されるという報告があります。本研究は、「急性感染モデル」としてRNAウイルスであるインフルエンザウイルスを、「潜伏・持続感染モデル」としてレトロウイルスであるHTLV-1を用いることで、感染現象に及ぼすシャペロンネットワーク動態の普遍的な影響を解明し、宿主細胞内におけるHSF1機能の意義を明らかにすることにより、ウイルス感染を人為的に制御する方法を開発することを目標にしています。

マンソン裂頭条虫の研究

条虫類は雌雄同体であり、同一個体内に頭節・未熟節・成熟節・受胎節・老熟節として年齢の異なる片節が時系列で並ぶという、きわめてユニークな構造をしています。特に、岡山県内に多数生息している3倍体のマンソン裂頭条虫は単為生殖するため、2倍体と異なり1匹の成虫から多量のクローン幼虫を得やすいという特徴があります。この3倍体マンソン裂頭条虫のライフサイクルを実験室内で完成させ、遺伝的に均一なクローン条中株の樹立法を確立することで、加齢・老化に関連する遺伝子や蛋白発現を同一個体内で解析可能な新規モデル動物系の作製を目標に研究を行っています。また、本学を含め県内外の医療機関からのご依頼を受け、寄生虫の検索・同定も行っています。