
【略 歴】
2001年 東京工業大学生命理工学部生体分子工学科 卒業
2007年 筑波大学大学院人間総合科学研究科社会環境医学専攻 修了(永田恭介教授)
2007年 筑波大学大学院人間総合科学研究科 研究員(永田恭介教授)
2009年 筑波大学大学院人間総合科学研究科 助教(永田恭介教授)
2010年 Northwestern University Postdoctoral Fellow(Richard Morimoto教授)
2013年 国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター 研究員(田代眞人センター長)
2014年 川崎医科大学微生物学教室 助教
2019年 川崎医科大学微生物学教室 講師
2021年 川崎医科大学微生物学教室 准教授
【研究内容】
(I) HTLV-1の増殖を制御する細胞性因子の研究
HTLV-1は、感染細胞内でのウイルスゲノム複製を抑制しながら感染細胞自体の増殖を誘導することで宿主免疫系による排除メカニズムを回避しつつ、長期間にわたり宿主ゲノムに変異を蓄積していくことで最終的に一部の感染細胞を腫瘍化に導くとされています。HTLV-1感染が原因となるATL(成人T細胞白血病)の病型は、低悪性度のくすぶり型、慢性型から予後不良なリンパ腫型、急性型と多様ですが、各病型に特異的な遺伝子、低悪性度から高悪性度への「急性転化」に関連する遺伝子、多段階発癌の各段階で作用する遺伝子についての報告例はほとんどなく、研究課題として残されています。そこで、HTLV-1がもつウイルス性転写制御因子であるTaxおよびHBZと呼ばれるウイルスタンパク質が誘導する宿主細胞因子を調べることで、まずはウイルスと宿主の関わり合いによる増殖メカニズムの一端を明らかにすること目的とし、最終的にはHTLV-1感染による宿主細胞の変遷について分子レベルで解明することを目指しています。
(II) インフルエンザウイルスのワクチン開発の研究
インフルエンザは水禽類を自然宿主とする人獣共通感染症であるため、天然痘ウイルスのようには撲滅できないと考えられています。近年、H5型やH7型などの新型ウイルスが次々に出現し、ヒトに感染して多くの死者を出しています。幸いなことに、現時点では各発生国や各地域のみの局地的流行に留まっていますが、明日にでも世界的な流行に発展する可能性があり、一日も早い感染予防対策の確立が求められています。最も理想的なインフルエンザ対策は、感染および重症化を未然に予防するワクチン接種ですが、現行のHAワクチンは万能ではありません。その理由の一つとして、ワクチン製造時における抗原変異の影響が挙げられます。すなわち、現行の季節性インフルエンザワクチンの場合、毎春に次年度のウイルス流行予測が行われ、ワクチンに選定されたウイルス株は発育鶏卵で増幅されますが、株によっては鶏卵内増殖中に馴化し、HA蛋白質の抗原部位に変異が導入される場合があります。そのようなウイルスは、抗原性および増殖性が優良でもワクチン候補株からは除外されます。ウイルス遺伝子に変異が導入される原因はウイルスポリメラーゼの忠実性の低さに起因しているため、ポリメラーゼの変異導入率を低下させることができれば、ウイルスゲノムの遺伝的安定性を確保した状態でワクチンの作製および製造が行えると考えられます。そこで、人為的にワクチン株のポリメラーゼを改変することで「高忠実性ポリメラーゼ」を単離し、ワクチン開発に役立てる研究を行っています。
(III) 宿主細胞の分子シャペロンネットワークによるウイルス増殖制御メカニズムの研究
ウイルスの増殖は、ウイルス側と宿主細胞側のさまざまな因子が関与しあい進行します。したがって、ウイルス複製機構や病原性を理解するには、ウイルス蛋白質と相互作用する細胞性因子とその機能を同定することが重要です。転写因子Heat
shock factor 1(HSF1)は、熱ショック等のストレス刺激により分子シャペロン遺伝子の転写を一過的に誘導し、変性蛋白質の凝集や失活を抑制します。様々なウイルスの感染過程において、分子シャペロンがウイルス蛋白質の機能発現に関与し、分子シャペロン阻害剤によりウイルスの増殖が抑制されるという報告があります。本研究は、「急性感染モデル」としてRNAウイルスであるインフルエンザウイルスを、「潜伏・持続感染モデル」としてレトロウイルスであるHTLV-1を用いることで、感染現象に及ぼすシャペロンネットワーク動態の普遍的な影響を解明し、宿主細胞内におけるHSF1機能の意義を明らかにすることにより、ウイルス感染を人為的に制御する方法を開発することを目標にしています。
【論 文】
Tyr82 Amino Acid Mutation in PB1 Polymerase Induces an Influenza Virus
Mutator Phenotype.
Naito T, Shirai K, Mori K, Muratsu H, Ushirogawa H, Ohniwa RL, Hanada K,
Saito M.
Journal of Virology, Vol. 93, e00834-19, 2019.
Generation of a genetically stable high-fidelity influenza vaccine strain.
Naito T, Mori K, Ushirogawa H, Takizawa N, Nobusawa E, Odagiri T, Tashiro
M, Ohniwa RL, Nagata K, Saito M.
Journal of Virology, Vol.91, e01073-16, 2017.